いい感じになんとかなれ

シンプルに日記

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日記46日目 5月2日

  • 朝、目が覚めるのが早すぎる。

0時に寝て今日は4時半に目が覚めてしまいました。二度寝もいまいちで日中眠たすぎてキツかったなぁ。だいたい目覚ましが鳴る前に起きてしまうので、もうちょっと寝てくれと自分の体に対して思っています。何が原因なんでしょうね。寝具をもっといいものに変えるべきかな。

  • 昨日思ったこと。

昨日疲れていて書けなかったので。

学校や会社における厳しい教育、指導、と言ったときの「厳しさ」には種類があると思います。分類するならば、質的な厳しさ、量的な厳しさ、精神的な厳しさ。

質的な厳しさは、作成物やら練習やらのクオリティの水準を上げること。量的な厳しさは言うまでもないですね。精神的な厳しさは、精神攻撃と言い換えられるでしょう。

そしてこれらはおそらく履き違えられてしまっていることがあるのだろうな、と思いました。指導において、ある程度の厳しさがないといけない、という主張はわかりますが、それはあくまで前者二つの話なのではないか、というわけです。

これは筋トレで考えるとわかりやすいかもしれません。「一回一回の動作を正しいフォームで行うこと」が質的な厳しさ、「3セット目の最後がギリギリこなせるぐらいの回数を行うこと」が量的な厳しさですね。これら二つを達成するのに、別に精神的な厳しさは要らないでしょう。なぜなら、適度な質と量、ギリギリをちゃんとわかってやっているからです。

じゃあ精神的な厳しさがあればより伸びるかと言われると微妙です。対抗意識は燃えるかもしれませんが、それは他者に対する怒りや復讐心であり、対象となる他者がいなくなったときには無意味になってしまうからだと思います。それよりも自己の成長に目を向けられるような精神状態にしてあげるほうが有意義ではないでしょうか。

結局、今できるギリギリをしっかり定めてあげることが指導者としてものすごく重要な部分であり、合理的な厳しさを与えて成長させるための鍵なのではないか、と思いました。

別に僕は指導者ではないし、上司に怒られたわけでもないんですが、なんとなく考えていました。まぁ要するに何の信憑性もありません。